「ふぅ……今日は、この辺にしておくか」
イェンは書いていた論文の末尾にさらっと署名をする。机にペンを置くと、いったん大きく伸びをした。長時間紙面と睨めっこをしていたせいか、目がかなり疲れている。眼鏡を外し、両目を左手の親指と人差し指で軽く拭いながら、右手を机の端に置いてあったカップに伸ばす。
一口啜って、苦笑。
(また……冷ましてしまったな)
脳裏に、腰に手を当てて憤慨するリアの姿がよぎる。イェンはやれやれと頭を振りながら、残りをくっと煽った。紅茶葉の苦味が喉を通過し、理論で疲れた頭に心地よい刺激を与えてくれる。
「ふふ、下品な飲み方ね」
「……勝手に上がりこんでくる方が下品だと思うがな」
半眼で呟いても、その向こうにいるケーテは悪びれる様子もない。くっくと笑う彼女の姿に、イェンは肩をすくめる。
「夕食が終わってから来るとは、珍しいではないか」
「んー、リアちゃんに渡すものがあってね」
かつ、かつと、こっちに歩み寄りながらケーテは淡々と言う。イェンはその言葉に若干怪訝そうな表情を見せる。
「リアに?」
「そ。今日の夕頃またうちに来てね。リア姉さんのことが知りたいって言うから、当時の品なんかをいくつかね」
「ほう?」
ぴくんと、イェンの眉が跳ね上がる。その反応を見て、ケーテはふるふると首を振った。結ったポニーテールがそれに少し遅れて左右に震える。
「個人的な品なんかじゃないわ。そんなもの、ほとんど残ってないし。だから、リア姉さんの伝説になった色々な品をね」
「伝説、というと……」
「ホワイト・パズルとか」
「ああ……」
ケーテの発した単語に、イェンは若干げんなりしながら苦笑した。
ホワイト・パズル。イェンたちが学生の頃、少し流行っていたもので、内容は文字通りの真っ白なパズル。一つ一つのピースの形が違っていて、組み合わせられるピースは決まっている。模様から判断できないため、端から徐々に詰めていくのが定石だった。というか、それ以外ではそうそうできるものではない。
「……姉さんのは、本当に何かまやかしを見ている気分だったな」
「中央からだものねぇ。しかも飛び飛びで」
しみじみと言うイェンに、目を閉じて頷くケーテ。当時、イェンは姉にどうしてできるのかと尋ねたものだったが、姉から帰ってきた答えは「え? どうしてできないの?」だった。
「それをリアに渡したのか」
「ええ、多分今ごろやってるんじゃないかしら?」
「なるほど……」
空になったカップを見遣る。平素であれば、そろそろ取りにきてもおかしくない頃合ではある。
「……で、その話はいいんだが、何をしているケーテ」
頭を掻いてイェンは、机の傍まで歩み寄ったケーテに問う。ケーテはそれには応えず、机の上に束ねられた論文を手に取り、ぱらぱらとめくった。
「ふーん……論文かぁ。へぇ……」
「何か異論でもあるのか」
イェンの若干苛ついた声に、ケーテはくすりと笑いながら論文を突き出す。
「相変わらず、綺麗な字ね。貴方のノートはよく写したけど、この字が好きだったわ」
「な、何だ突然……」
論文とともに差し出された言葉にイェンは少し戸惑う。そんなイェンの様子を見て、ケーテは優しく微笑むと、机の上にぽんと論文を放る。
「リア姉さんの論文は、やっぱり違うのかしら。イェンのは理路整然としていて読みやすいのだけれど」
「ああ……姉さんのは、私のそれとはもはや別次元だと言ってもいい。原本はそこの書棚の端にある」
イェンが指し示した先には、おびただしいまでの紙の束が鎮座していた。枚数にして、百や二百で効くだろうか。
「すご……」
「ああ、違う。すべてが姉さんの論文というわけじゃない」
圧倒されるケーテ。苦笑しながらイェンは立ち上がり、その紙の束をめくっていく。
「一応禁忌指定ではあるからな、カモフラージュだけはするさ。木を隠すには森の中、この中の大半は私が趣味で書いた論文だ。そこにバラけさせて入れてある。よっぽどの物好きでなければこんな枚数のものには目を通そうともしないだろう」
言いながら、ぺらぺらと紙の束を見ながらめくっていく。そして、その中の二三枚を引き抜くと、ケーテに手渡した。手渡されたケーテはというと、そちらの方に目を向けるより、紙の塊を眺めながら。
「変な趣味」
「ほっておけ」
「ふふ、冗談冗談。へぇ、これがリア姉さんのホムンクルスの論ぶ……」
笑いながらケーテは、手中の論文に目を落として。そのまま絶句してしまう。その様相を見て、さもありなん、と苦笑しながら頷くイェン。
ケーテは、イェンの顔と論文とを見比べながら、しみじみと言う。
「……よく、完成させられたわね」
その言葉に、イェンはただ苦笑するしかない。ぱさりと机の上に論文を広げるケーテ。そこに書いてあったものは。
コアに人体の血流の加重平均的負荷をかけお腹空いた。カレーが食べたい。ることによって発生する人参と玉葱とジャガイモエネルギー値の推移は、u = e-(∫ f(x+u)dx)n-1におけるそういえば明日は雨らしいxの最高値の取る軌跡に比例しながら傘持って来てないから泊りかな級数的に収束していくとされ、……
一事が万事こんな調子だった。リア姉だからこそ書いてあることを把握できる、それ以外の人間には説明する気ゼロを割り込んでマイナスに突入しているような、学術論文と呼ぶには憚られる論文。
「本当に、よくこれを解読できたわね」
「あの時は必死だったからな。今解読しろと言われても難しいさ」
感心した声を上げるケーテに、イェンは苦笑しながら肩をすくめる。机の上に散らばった論文を手に取り、とんとん、と端を揃えると、再び一枚ずつ紙の塊の中に埋めていった。
「さて、と……私はそろそろ帰るとしますか。リアちゃんに物も渡したし」
寄りかかった机からひょいと身を翻し、ケーテがこちらを振り向きながら言う。そのケーテに、イェンは本棚から目を離し、振り返る。
「む、そうか。分かった」
「送っていく、くらいのことは言えないかしら?」
くすくす、と笑いながら言うケーテ。イェンはやれやれ、と溜息を吐く。
「玄関までなら、送っていこう」
「上等」
ケーテはにっこり笑いながら、イェンに道を譲り、先導を促した。
「ん? リア?」
階下では、床の上にパズルを広げ、真剣な表情で盤面を眺めながら、リアがむーむー唸っていた。
ぱちり……。
「あ、違う……かも」
一つ置いては首をひねり、ゆらゆらと盤面の上を指が泳ぐ。ランプの光に、後姿の金髪がちらちらと揺らめいている。
「リア」
「ぴっ!?」
背後から声をかけると、リアは文字通りその場で飛び上がった。見開いた赤い瞳が、こちらに向けられる。その視線の先にいる人間がイェンであると分かると、いくらか安堵したようだった。胸を押さえ、息と共に言葉を吐き出す。
「び、びっくりしましたよぅ……」
「はは、すまんすまん。これが帰ると言うのでな、見送りだ」
「誰がこれよ。リアちゃん、お邪魔したわね」
顎でケーテを指し示し、その当人はぱたぱたとリアに向かって手を振る。
「あ、はい。お気をつけて、ケーテさん」
慌てて立ち上がりながら、ぺこりと頭を下げるリア。その言葉にケーテも軽く会釈をしながら、隣に立つ男を指差す。
「大丈夫よ、イェンに送ってもらうし」
「ふぇっ!?」
「送らん送らん」
「え? へ? あれ? んー?」
「なんか、かえって混乱しちゃったみたいね」
あらあら、と手を口にあてて言うケーテ。イェンは溜息をついて半眼でケーテを睨んだ。
「……誰のせいだ、誰の」
「あら怖い怖い。それじゃ、逃げさせてもらうわね」
笑いながら、ケーテは慌しく出て行った。もう一度溜息をつくと、イェンはリアを振り返る。
「あまりケーテの言うことを真に受けるな」
「あ……えっと」
返事に詰まるリアに、イェンは苦笑しながらその肩の向こうを覗き込む。木の床の上に散らばる、白い欠片。
「ああ、それがケーテが持ってきたパズルか」
「あ、きゃっ!?」
イェンが眼で指し示すパズルに、勢いよくダイブして身体で隠すリア。イェンは少し面食らい、リアの横顔を覗き込む。
「……リア?」
「あ、あの……その、全然、できなくて……」
リアはイェンのほうを見ず、でも声はイェンに向けて話す。イェンは少し優しい顔になると、ぽんぽんとリアの頭を撫でた。
「安心しろ、私だって簡単に出来るものではない。ましてや初めてやったものなのだろう? できなくてもおかしいことはない。それが、普通だ」
イェンの言葉に、リアの肩に表れていた緊張が少し解けたのが分かった。それでも顔を上げようとはしない。イェンは苦笑した。
「私だって、できなかったさ」
「イェン様も?」
「そんなものがあっさりできる人間は姉さんくらいだな、私の知る限りは」
リアはむくりとこちらを見上げ、少しだけ考える。首をかしげ、イェンとパズルを見比べ、目を閉じた。
「……頑張ります」
ぐっと拳を握り、それから指を伸ばしてピースを一つ摘み上げる。じっと、盤面と睨めっこをするリア。
「むー……」
一つのピースを手に持ったまま五分が経過する。穴が開くほど盤面を見つめるが、一向に動く気配も見せない。
と、その時。
ぱちり。
横合いから、手が伸びた。盤面の左上、一番隅のところにピースが置かれる。リアは目を見開いて、ばっと横を振り向く。長い金髪が宙を撫でるように弧を描いた。イェンは驚くリアに頓着せず、盤面を眺めながら言った。
「いきなり中央からやろうとしても無理だ。四隅から、それが埋まったら四辺。周辺から、徐々に中央に向かっていく。それがセオリーだ」
「イェン様……?」
「普通の人間には、姉さんのやり方は真似出来ん。私も含めな。残念ながら、私もお前も。姉さんが少し特別な人間なんだがな」
イェンがリアを振り向き、少し寂しげに苦笑する。そのまま、立ち上がると、天井を見上げ、首を左右に振って凝りをほぐす。
「しかし、選りに選って200とは、ケーテも随分とケーテらしい選び方をしたものだな……50も100もあったろうに」
頭の中でニヤニヤと笑うケーテの、楽しそうな表情。それをぶるぶると追い出しながら、イェンはぺたんと床に座るリアに手を伸ばす。
「一晩やそこらでは絶対に出来ん。ひと月単位で考えるようなものだ、そのパズルのピースの数は」
言って、きょとんとした顔のままぼんやりと手を伸ばすリアの、その手を掴む。立ち上がらせようと、ぐっと引っ張った。
「ひゃあっ!?」
「っ!?」
突然目を見開き、甲高い声を上げるリア。イェンは驚いて思わず手を離してしまう。結果、手を引いたそのままの勢いでリアは盤面とキスをする。
「だ、大丈夫か……リア?」
「はひ……ら、らいじょうぶれふ……ひたた」
紅くなった鼻を押さえながら、リアはにっこりと笑う。目の端に浮かんだ涙が痛みを如実に物語っていたが、イェンはそれ以上言及はしなかった。苦笑しながら「そうか」とだけ言うと、くるりと踵を返す。
「あ、あのっ……ごめんなさい、えっと……」
その背中に、リアの言葉が投げかけられる。少し不安そうな声。イェンは振り返ると、目を閉じて笑った。
「別に怒ってなどいない。大丈夫だ」
イェンの言葉に、リアは安堵したようだった。ほっと肩を降ろし、緩やかに立ち上がる。ぱんぱんと、スカートについた埃を手で払った。
「カップが空になっている。後で取りにきてくれ」
「あ、はいっ」
ようやく、リアもいつもどおりに戻ったか、と。イェンも少し心の中で安堵した。そのまま、階上にこつこつと上っていく。
一度、リアを振り返った。リアはその場に立ったまま、ちらちらとこちらと盤面を見ていた。イェンは、そんなリアの様子に苦笑すると、そのまま二階まで足を進めていった。
それを、見送るリア。イェンの姿と、イェンの言葉を脳裏に繰り返す。
(普通の人間には、出来ない……か)
イェンが埋めた一つのピースを見る。そのピースを埋めたときのことが回想される。息が止まるほどの近い距離にいたイェン。
「いたっ……!」
今更に、胸が痛みを訴えた。最近感じるようになった痛み、それとはまた別の痛みだった。
『姉さんが少し特別な人間なんだがな』
イェンの言葉が反復された。その言葉が頭を過ぎるたびに、コアがずくんと痛む。リアは、少しだけ息を吐いて、その痛みを外に逃がそうとする。
そして、ばらばらのピースの中から、一つ。おそらく真ん中のエリアに来るであろうピースを手に取った。
「普通のやり方じゃ……ダメなんです」
自分でも何を言っているのか理解できない。ただ、そんな言葉が頭に浮かんだだけだった。
「普通の人間じゃ……ダメなんです……」
ぎゅっと。そのピースを握り締めて、握りこぶしを額に当てた。先ほどよりも、もっと理解の範疇を超えた、よく分からない言葉を呟きながら。
「ん……朝、か?」
ベッドの上で身を起こし、頭を振る。未だぼんやりする頭を振り、目をこすって伸び。窓の外からの光が暗い部屋に一筋の白い帯を作っていた。
ベッドの脇に置いてあった靴に足を通し、イェンはまだ少し眠い頭のまま自室を出る。二階部分の廊下を歩き、書斎の前まで来たところで、中を覗いてみた。
机の上に、ぽつんと置き去りにされたような紅茶のカップ。
昨晩、リアは結局カップを取りにはこなかった。少なくともイェンの起きている間には来なかったし、今もカップは昨日のままだ。
「むぅ……どうしたのだろうな」
がしがしと頭を掻きながら、ゆっくり階段を降りる。リアは今まで、ドジで仕事を増やすことやあらぬ方向にカッ飛んだ仕事をすることはあっても言い与えられたものをサボることは一度としてなかった。
しかし、そんなイェンの疑問は、階下に降りた瞬間に氷解することとなった。左手をズボンのポケットに突っ込み、右手で頭を掻いて、イェンは目の前の光景にただ苦笑するしかない。
「まったく……一晩ではできんと言ったのにな」
夜のうちにテーブルに移動させたのだろうか、机の上に散乱する白いピースの中に埋もれるようにして倒れこんでいるリア。朝日を浴びきらきらと光る金髪が、彼女の寝息に合わせて静かに動いていた。
イェンは少しだけ微笑みながらふっと小さく息を吐くと、近くのソファに打ち捨てられていた毛布を手に取り、眠るリアにそっとかけてやる。
「う……ん」
「っ……!?」
もぞもぞと身を動かすリアに、起こしてしまったかとイェンは瞬間焦る。しかし、リアの呼吸は未だ穏やかなまま……どうやら、まだ眠っているらしかった。
もにゅもにゅとリアの唇が小さく動く。そこから、微かに漏れてくる言葉。
「んにゅ……私……リア、さんに……すぅ」
「……リア?」
「すぅ……すぅ……」
寝言のようだった。その内容に、イェンは少し目を細める。中央からピースをはめようとしたリア。飽くまで、一人でやろうとしていたようにも見える。
(リア……姉さん、か。リアは、『姉さんになろうと』しているのか……?)
バラけたピースの一つを手に取り、見つめる。このピースを一つつまんでは、ほとんどノータイムで盤面に埋めていった女性の姿。イェンは、ピースを窓の向こうに向けてみる。陽に透かし、その向こうを覗き見るようにしても、姉の姿がその向こうに見えることはない。
ただただ白いピースを手中に握りこみ、イェンは苦笑する。そして、ちらとリアを見ながら、聞こえないような声で語りかけた。
「お前は……姉さんではない。お前は、お前としてあればいい」
返ってくるのは、リアの口から漏れる端正な寝息だけ。聞こえないように言ったのだから、それは当然だった。イェンは自分の行動に肩をすくめる。
「大体、その名を望んだのは……お前自身だろうに、リア」
言って、そのピースを盤面にそっと置く。ちょうどぴったりと枠線にはまったのを見て、イェンはふっと息を吐きながら机から離れた。
「ん……?」
なんとなくだった。そこに何があるとも感じなかった。ただ、眼が何となく窓の方に行っただけ。
「っ……!?」
窓の端に、黒い人影が映った。今回は、見間違いではない。窓の脇から、此方を窺っている人影。
がさっ!
目が合うや否や、人影は即座に身を翻す。イェンは慌てて窓まで走り寄ると、思い切り開放した。そのまま、朝の陽光の中に身を乗り出す。
「くっ……」
眩しさに少し目を細めながら、窓枠に足をかけ、飛ぶ。地面に着くと同時に顔を上げ、周囲を見回す。
「……見失ったか」
イェンは腰に手を当て、はぁと溜息を一つ。
(気のせい……ではないだろうな。以前感じたものと一緒だ)
気配は、まったく感じなかった。ただ、僅かに感じた視線。それだけでもわかるほどに、鋭く、じっとこちらを見つめていた。
今も、どこかから見ているような気がする。イェンはもう一度あたりを見回した。当然、誰もいない。何もない。
ことり……
「くっ……!?」
自分の後方、館の中から聞こえた物音に、イェンは慌てて振り返る。
(まさか、此方に踊り出るのを見越していたのか、それともあれは陽動だったのか……!?)
頭の中で拡大する想像。心臓が大きく脈打ち、止まるような感覚。息を詰まらせながら、振り返った窓から中を覗き込んだ。
「んー……イェン様……? 何してらっしゃるんですかー……?」
「……なんだ、リアか」
先ほどの騒々しさで目を覚ましたのか、リアが起き上がり、毛布を身体に巻きつけながらこちらを見ていた。イェンはその様子に、はぁと大きく溜息を吐く。全身に走っていた緊張が、指先から抜けていった。
「……イェン様?」
首を傾げながらリアが、窓の方にとたとたと寄ってくる。
びたんっ!
そのまま、長い毛布を持て余し、転んだ。イェンは腰に手を当てると、先ほどとは違う、体中の弛緩するような溜息を吐く。「いたた」と顔をこすりながら立ち上がるリアに苦笑しながら、告げる。
「別になんでもない。私もすぐそちらに戻るから、お前は大人しくしていろ。また床とキスしたくなければな」
「あうー……」
痛かったのか、少し紅くなった顔に涙を浮かべながら唸るリア。イェンはもう一度苦笑混じりの溜息を吐く。
館の周囲を歩く間も、ちらりちらりと周りを窺うが、やはり誰もいない。そのまま、正面玄関に到着した。
館のドアを開きながら、イェンは考える。
(何なの、だろうな……間違いなく、何者かに見られていた。いや、観察されていた……何を、何のためにだ……?)
イェンの口の中で発せられた疑問に、しかし答えるものも当然いない。がしがしと頭を掻くと、彼は出迎えてくれたリアと共に館の中に入っていく。
館から少し下った林。その木の陰からそれを確認した人影は、人目を避けるように木々の間をすり抜け、街の方へと降りていった。
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