第五章 リア


「……何故、私までここにいるのだろうな?」
 ハイニヒェン医院の診察室、診察台にクロスが引かれた急ごしらえの茶会を目の前にして、イェンは腕を組みながら言う。
「いいじゃない、どうせ今日明日の急ぎの用事でもないんでしょ?」
「……まぁ、そうだがな」
 無抵抗、とばかりにイェンはため息混じりに両手を挙げる。そもそも、リアも着席してしまっている以上自分だけ帰るというわけにも行かなかった。そのリアはというと、きょろきょろと興味深そうに診療所の周りを見回していた。
 机の上にカップを三つ並べ、自分自身も指に引っ掛けながらケーテはくすくすと笑う。そのケーテに、カップの淵を指でなぞりながらフェリシテが話しかけた。
「ええと……ケーテ=ハイニヒェンさん、でしたか」
「ええ、ご挨拶に行ってなかったわね。ケーテ=ハイニヒェンと言います、この度こちらで医局を開かせてもらいましたわ」
「こちらこそ、お世話になったのにお礼を言うのが遅くなりまして」
 恭しくお辞儀をするケーテに、フェリシテも一度立ち上がり、その場で立礼を返す。壁に寄りかかったままそのやり取りを観ていたイェンは、顎に手を当ててポツリと。
「やはり、ケーテではサマにならんな」

 すぱっ。

「基本は薬の処方だけれど、一応この通り手術器具も一通り揃っているから、簡単な外科手術も受け付けてるわ」
 いつの間に取り出したのか、煌くメスを手中にケーテはにっこり笑った。イェンの前髪が数ミリはらはらと落ちる。未だ手中のメスを指先で弄ぶケーテに、イェンの頬には一筋の汗。
「……あー、なんだ。すまん」
「ん、分かればよろしい」
 頷くと、ケーテはメスを無造作に棚の中に放り込む。そこに、くすくすと小さく笑う声。その発生源は、一連のやり取りを見ていたフェリシテ。二人を見ては、おかしそうに笑う。
「な、何だ……?」
「ふふ、お二人は、昔の知り合いだとか」
「あ、ああ……まぁ、な」
 じゃれ合いに見えたのだろうか。イェンは少し気恥ずかしくなって頭を掻く。ひとしきり楽しそうに笑った後、フェリシテはふっと柔らかい笑みを浮かべながら。
「羨ましいです。私には、そういう方はいませんから」
「ふーん?」
 フェリシテの言葉に、ケーテは目を細め、テーブルに肘をつきながら笑った。
「でも、領主様。私の見たところ、今更ながら仲のいい人はできてきているようだけど? ねぇ、イェン?」
 目配せを受けて、イェンもフェリシテの方を観る。
「……ふむ、まぁフェリシテ自身がどう思っているかは知らないが、私もフェリシテのことは知人だと思っているがな」
「あ、えっと……その……」
 二人の視線を受けてか、フェリシテは少し頬を紅潮させながら俯いてしまう。イェンがその様子に苦笑をしていると、横合いからケーテがニヤニヤと笑いながら肘で突いてくる。
「私にはつれないのに、領主様には随分とお優しいじゃない? イェン=ローリック?」
「……別段」
 頭に手を当てると、はぁ、と大きく一つため息をついた。と、そのとき。

 がたんっ、ばささささっ。

「きゃっ!?」
 部屋の隅のほうで、何かが揺れる音、それに遅れて短く小さな声が上がった。
「リア!?」
 イェンは慌ててそちらの方を見る。そこには、鳥かごを目の前にして、尻餅をついているリアの姿。鳥かごがゆらゆらと揺れ、羽が舞っているところから想像するに、おそらく突然中の鳥が羽ばたいたことに驚いたのだろう。
「なにをやっているんだ……」
 イェンは、ため息混じりにリアに歩み寄ると、その手を取って引き起こした。
「あの……ごめんなさい」
「あー、ごめんねー。ちょっとそいつ気難しいから」
 ケーテも苦笑しながらリアのほうに近づいていく。それに続くようにフェリシテも立ち上がりこちらに少し小走りでやってきた。
「大丈夫ですか、リアさん?」
「あ、はい……あの、えっと」
 スカートをぱんぱん、と叩きながら、リアは肩を縮めてしまう。それをちらと横目で見ながら、ケーテは鳥かごの中でそ知らぬ振りをするカッコウに話しかける。
「まったく、驚かせちゃだめじゃない、オーリック」
「……その名前は何とかならんのか」
「なんない」
 即答だった。イェンは肩をすくめながら、今日何度目か分からないため息を吐く。
「オーリック……?」
 リアはケーテの言った名前に少しきょとんとしながら、じっとその鳥を見つめた。
「そ、この鳥の名前。この無愛想なところとか、少ししかめっ面っぽいところとか、誰かさんに似てると思わない?」
 ケーテに促され、フェリシテとリアは鳥とその該当人物を見比べる。そして、
「……くすっ」
「……ふふっ」
 二人して噴き出した。該当人物ことイェンは、その二人にますますしかめっ面になりながら、がっくりと肩を落とす。
 ちょうど、肩を落とした瞬間に、部屋に据え付けられた柱時計からベルの音が鳴った。その音に、皆ふと我に帰る。
「……ふむ、もうこんな時間か」
「私は……そろそろ執務に戻らないと」
 イェンとフェリシテが言う。ケーテもそれを特に止めることはしない。ぱん、と手を打つと、簡易テーブルに向かって歩きながら、
「私もそろそろ、片付けて診察の準備しますかねー」
「あ、手伝いますよ」
 申し出るリアに、ケーテはパタパタと手を振る。
「別にいいわよ。あんまり貴方を足止めさせると、イェンが怖いし、ね」
 笑いながら、悪戯っぽくウィンクするケーテ。フェリシテはそれにふふ、と笑い、ため息と共に苦笑するイェンの方を見る。
「まぁ……では、お言葉に甘えるとするか。リア、行くぞ」
「あ、は、はいっ。えっと、ケーテさん、お茶ご馳走様でした。フェリシテさん、またお会いしましょう。ではっ」
 言いながら、少しあわただしく出て行く二人を、ケーテは微笑みながら、フェリシテは手を振って見送った。

 その二人の姿が完全に見えなくなってから、フェリシテはそっと手を下ろした。自分の背後で片づけをしているケーテのほうは見ずに、言う。
「医師がこの町に来るという届出は、いただいてないですよ」
 フェリシテの言葉に、ケーテは片付けの手を止めず、表情も変わらないままで。
「あら、どこかで不備があったのかしらね」
「さぁ、どこで不備があったのかは知りませんけど」
 つ、と出口のほうに歩を進めながらフェリシテは言う。呟きのような声で、でもケーテには聞こえるように。
「……届出があるなら、早くしてくださいね。魔術師さん」
 その声は、まるで世間話のように軽くて。ケーテも、フェリシテの方は見ないで、でもふっと笑いながら。
「ご忠告、痛み入りますわ。領主様」
 フェリシテも、ふふ、と笑う。ケーテのほうを振り返りながら、一度ぺこりと頭を下げた。
「お茶、ご馳走様でした。それと……手当てをしてくれてありがとうございました」
「いいえ、どういたしまして」
 手を振るケーテに、もう一度立礼で返し、フェリシテは静かに診察室から出て行った。


「ん……? あれは、ロシェルか?」
「え? あ、本当ですね。ロッシさーん」
 遥か前方を歩く人影に向かって、リアは声を上げながら手を振ってみる。まさかこんな遠くから届くまいとイェンは肩をすくめ。
 その横を一陣の風が吹き抜けていった。
「くっ……?」
「わっぷ……けほけほ」
 濛々と立ち上る土煙に、イェンとリアは思わず咳き込んでしまう。その土煙が収まったとき、イェンの目に飛び込んできたものは。
「リアちゃーん、こんにちは。魔術師さんとお出かけ?」
「……いや、もはや何も言うまい」
 リアの手を取り、嬉しそうにぶんぶん振るロシェル=フォートリエ(20歳独身)の姿に、イェンは理屈で考えることを放棄してため息をつくしかない。
「けほ……あ、はい。ちょっと買い物してきました」
 言って、自分が抱える荷物を示すリア。中には、ついさっき購入してきた薬草数種が入っている。
「ふーん、あとは帰るだけ?」
 ロシェルは人差し指を唇に当てながら尋ねる。リアはその質問を受け、ぐるりとイェンのほうを見た。その申し送りっぷりにイェンは若干苦笑しながら、
「ああ、そうだな」
 イェンの言葉に、ロシェルの目が光る。
「なら、今はフリーなんだ」
「はい、まぁ一応……」
 応えるリアの言葉を待たずに、ロシェルはがしっとリアの手を掴んだ。そのまま、イェンを振り返る。
「イェンさん、リアちゃん借りてくよ」
「待て待て、何をするつもりだ」
 イェンのツッコミが聞こえないのか聞いていないのかそもそも聞く気がないのか。ロシェルは質問には答えず、リアの腕に自分の腕を絡めたままぱん、と両の手を合わせた。
「お願い、悪いようにはしないから! ……多分、私の理性が持てば」
「それが一番信用ならないんだがな……」
 腰に手を当て、ふっとため息交じりの苦笑い。そのまま、片目で拿捕されたリアをちらりと見る。目が合うと、リアは少しもじもじしながらイェンに言う。
「あの……イェン様……」
「……あまり遅くなるなよ?」
 イェンは、絡め取られているリアの手から薬草の入った袋を受け取ると、リアとロシェルを交互に見ながら言う。
「ありがとうイェンさん! 恩に着る!」
 再びぱん、と両手を合わせ、頭を下げるロシェル。そのまま、何度かこちらを振り返るリアを引っ張りながら、やがて四つ角を左に曲がっていってしまった。
「ふぅ……嵐のようなやつだな……」
 脳裏にロシェルの姿を描きながら、イェンはため息と共に呟きを吐き出す。
 顔を上げて、眼前の景色を見た。街の通りはどこまでも長く続いている。夕闇が少しずつ近づいている、紅く染まり始めた空の下、人通りは昼に比べて多く、活気もあった。そんな喧騒を少し遠くに感じる。
(ふっ……何をセンチメンタルな)
 イェンは苦笑しながら歩き出した。行き違うおばちゃんに話しかけられる。
「おや、魔術師さん。リアちゃんはどうしたんだね」
「いや、ロシェルに拉致されてな」
 苦笑混じりに言うイェンに、おばちゃんもああ、と手を打つ。
「そういえばリアちゃんはロッシの好きそうな子だねぇ」
「ああ、すごく好かれているようだ」
 肩をすくめながらイェン。おばちゃんはそうかいそうかいと頷きながらすれ違って行った。それを見送りながらイェンはふと、斜め後ろを見てしまう。そこには当然誰もいない。自分は、何を探してそちらを見たのか。
(ふむ……当たり前にリアがいたのだな)
 町の人間が、イェンとリアを一セットとして考える程度にはその風景が当たり前になっていたのだろう。一人で歩くイェンに、少しいつもより多くの視線が注がれる。
 リアが在る前には、これが当たり前の姿だった。イェンは稀に一人で街に降り、必要なものだけを買い付けて、一人で帰っていく。それが普通だったはずだった。
(慣れ……なのだろうかな)
 イェンは、ふぅと息を吐いて、外套の襟を正した。首を左右にゆすって凝りを解すと、手に持つ袋を抱えなおした。
 ふと、西の空を見上げる。地平の向こうは昼と夜の境界。赤と黒の混ざった色が目に飛び込んでくる。
(嫌い、だったはずなのだがな……)
 今はそれほど嫌悪を催さない景色に、少しだけ苦笑を浮かべながら、イェンはまた歩き出す。石畳の道から、むき出しの土に靴音が変わるころには、天頂近くまで赤が空を支配していた。
 何故、夕焼けが嫌いになったのか。何故、嫌いではなくなったのか。考えるまでもないことだった。目を閉じるイェンの脳裏に浮かぶ存在は。
(……何も考えていないだけだと、馬鹿にしたものではないかも知れんな)
 リアのかつての言葉が、自分の中でリフレインする。

『昼のまぶしい太陽も好きですけど……夕日って、優しいですよね。体が温かくなるわけじゃないですけど、こうやって世界中を包む、この赤い光は……本当に好きです』

(……優しい、か)
 街を外れ、丘の道に出たところでもう一度、西の空を眺める。眩いまでに金の光を放つ昼のそれとは違う、紅く緩やかな太陽がそこにあった。
「そう言えば、リアの瞳も赤かったな」
 コアの光を反映するのか、それともそういうしつらえのものだったのか、リアの瞳はこの夕日よりもさらに赤く、黒かった。それはまさに生命を象徴する、血液の赤。
(最近は、見慣れたものだがな)
 最初は、リアの瞳を真っ向から見るのが嫌だったものだが、とイェンは思い出す。今では、じっと見つめられることの多いせいもあってか、抵抗はもうまったく感じなくなっていた。
(……一人になると、余計なことばかり考えてしまうな)
 自嘲気味に笑うと、イェンは夕日から目を外し、丘の道の向こうに視線を戻す。その先には、誰もいない自分の館が待っているのだろう。
 傾いた夕日に照らされ、長い影がイェンの足元から地面に伸びていた。


「ど、どこまで……?」
 ずんずんと先を行くロシェルに引っ張られながら尋ねるリア。ロシェルは一度彼女を振り返ると、にっと笑った。
「目的の場所はないよ」
 きっぱり言う。そんなロシェルに、リアの顔に無数の疑問符が浮かぶ。ロシェルはおかしいのか、くすっと笑うと、辺りを二三度きょろきょろ見回した。
 街の外れの道、そんなには離れていないところ。ロシェルはそれを確認すると、道の端の柵にひょいと腰かける。
 そして、そこに立つリアに隣を薦めながら、ぴっと人差し指を立てた。
「目的は、リアちゃんの話を聞くこと」
 その言葉を聞いても、リアはまだ要領を得ないという表情。薦められるまま、ロシェルの隣に腰掛ける。しばらくの無言。ロシェルはふっと空を見上げ、リアもつられて天を仰ぐ。夕焼けの空に、雲が風に流されていた。
 ロシェルが、ぽつりと口を開く。
「リアちゃん、最近よく物思いに耽ってるよね」
「え……あ、えっと、はい……」
 リアは、少しだけ目を見開きながら頷く。なんで、分かったの? そんなリアの表情に、ロシェルは一度苦笑を見せる。
「もう、態度でばればれ。ね、どうしたの? お姉さんに言ってみんさい?」
 ぱん、と自分の胸を叩きながら、ロシェルが言う。
「お、姉さん……?」
「そーのリアクションは傷つくなぁー」
 ぐさーっと胸を苦しそうに押さえる演技をし、すぐにロシェルはにっこりと笑顔を見せる。リアは慌ててばたばたと両手を動かすと、
「ち、違うんです! そうじゃなくて、えっと……」
 そこで言葉を捜すリア。その逡巡をためらいと見たのか、ロシェルはふっと息を吐いて笑った。
「ま、お姉さんって言うのは冗談だとしてもね。私はリアちゃんのこと好きだからさ。悩んでたら、相談に乗ってあげたいし。ね?」
「えっと……その、別にロッシさんが頼りないとかじゃなくて……」
「じゃなくて?」
 立てた膝を腕に抱きこみながら、ロシェルは笑顔を向ける。
「あの、なんか、私もよくわかんないんです……なんだか」
 体の前に組んだ手の、指先をじっと見つめながらリアは、ぽつりぽつりと言葉を発する。
「前は、全然そんなじゃなかったのに、なんか、変で」
「ふんふん?」
 リアから吐き出される言葉は、ただの羅列。己の頭に浮かんだ言葉をそのまま呟いているかのような、意味の通らない言葉。
「ずくんって、胸が熱くなって、最近になって、急に、でも理由はわかんなくて、体変でも、イェン様にいえなくて、言いたくなくて」
 リアの言葉は加速していく。矢継ぎ早に出される言葉を、ロシェルは黙って聞いていた。まるでそのリズムを楽しむかのように、目を閉じて、顔を俯きながら話すリアのほうに向けて。
「なんかずっともやもやして、イェン様が誰かと一緒にいるともやもやして、イェン様と私が二人でももやもやしてて……なんか、なんか、原因とかわかんなくて……人にやだなって思わない、人が嫌いなんじゃないですけど、なんかもやもやで……!」
 ぽふ、と。リアの頭の上に手が乗せられた。そのまま、髪を梳くようにロシェルの手がリアの頭を撫でる。指の間を金の髪が流れ、ふわっと広がっては閉じていった。
「大丈夫、ゆっくり」
 リアの方をにっこり見ながら、ロシェルは言った。いつの間に出ていたのか、リアの目の端にたまった涙をそっとぬぐってやる。
「リアちゃんは私が好き?」
「え……?」
 唐突に問われ、リアはきょとんとした表情になる。ロシェルはリアの頭から手を離すと、リアを指差し、次いで自分を指し示しながら。
「リアちゃんは、私が、好き?」
 一言一言、区切るように、リアに言い聞かせるように繰り返す。リアはその言葉の意味を口の中で反復しながら、頷いた。
「えっと……はい、ロッシさんのこと、好きですよ」
 少し微笑みを取り戻しながら応えたリアに、ロシェルも頷く。リアの赤い目と、ロシェルの橙の瞳が向き合う。
「そう。それじゃ、他の人は? 例えば、ケーテさん、姫領主様、みんな」
「好きですよ。ケーテさんも、フェリシテさんも、街の人も……みんな、好きです」
「じゃ、イェンさんは?」
「イェン様は……」
 そこで言葉を切るリア。目を閉じて、考える。
(イェン様のことが、好きかどうか?)
 ずくんと、胸が跳ねた。はっと目を開き、痛む箇所をぱっと掌で押さえながら、リアはロシェルを見遣る。
「好きです……けど」
「けど?」
「なんか……他の人と違う、よくわかんないですけど……違います」
 胸を押さえ、俯きながら言う。先ほど感じた痛みはもうないが、その余韻に浸るように手の向こうの熱を探す。
「そっか」
 話を聞いていたロシェルは、とん、と地面に降り立った。そのまま、リアの対面に立つ。
「その、”違う”っていうのが、やっぱり理由なんだね」
「そう……なんでしょうか?」
 問い掛けるリア。ロシェルはにっと笑って頷いた。そして、手を後ろに組み、その場をゆっくりと廻るように歩きながら、言葉を紡ぐ。
「私は、答えを知ってる。その気持ちの正体も、どうすればいいのかっていうことも。でも、リアちゃんに教えることは出来ないな」
「え……?」
「これは、別に意地悪で言ってるわけじゃないの。私が教えても、意味がない。リアちゃんが自分で理解しないと、何にもならない」
 ロシェルはにっこりと笑うと、天を仰いだ。リアの顔には、再び疑問符の嵐だ。きょとんとした顔のリアを、そっとロシェルが抱きしめた。
「あ、あの……ロッシさん?」
 びっくりするリアの頭をそっと撫でながら、ロシェルはささやくように、優しく言った。
「大丈夫、いつか分かるから。その気持ちがなんなのかも、リアちゃんがどうすればいいのかも、きっと分かるから……だから、今はリアちゃんの思うことを、リアちゃんがしたいと思うことをすればいい」
 すっ、すっ、と、リアの髪を撫でながら、ロシェルはリアを抱きしめる。リアは最初は驚いていたが、やがて為すがままになる。
「ロッシさん……怖がらなくて、いいんでしょうか?」
 己の胸に手を当てながら、リアはロシェルの目を見て、尋ねてみる。
「勿論。変なことなんか、何もないんだから……もやもやが溜まったら、私に言えばいいからさ。答えには導けなくても、話せば少しは楽になったでしょ?」
 にっと笑って頷くロシェル。リアも、つられて笑ってしまう。
「さて、と。リアちゃんに笑顔も戻ったところで……あんまり遅くなると、またイェンさんが『むぅ』とか言いそうだから、もう解放してあげないとね」
「くすくす、ロッシさん似てます」
 少女達は笑いながら立ち上がると、少し小走りで街の中に消えていった。


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